✍️ 本記事は、アストラサナ・ジャパンのKOL(Key Opinion Leader)である 正高佑志 医師 の執筆に基づいて作成されています。
CBDや大麻医療に関する最新の科学的エビデンスをわかりやすくお届けすることを目的としています。
なお、本記事の内容は特定の効果効能を保証するものではなく、診断・治療・予防を目的としたものではありません。
アルツハイマー病では、進行の過程で約90%の患者が興奮症状(アジテーション)を経験するとされ、本人だけでなく介護者や家族にとっても大きな負担になります。従来の治療薬では十分な効果が得られないケースも多く、新たな選択肢が求められてきました。こうしたなか、カナダの研究チームが、カンナビノイド由来の医薬品「ナビロン」が特定の特徴を持つ患者で興奮症状の改善に効果を示すこと、そしてその効果を事前に予測できる可能性を報告しました。本記事はこの海外研究を整理したものです。なお、ナビロンは日本では承認されていない医薬品であり、以下は医療上の判断を代替するものではありません。
アルツハイマー病の興奮症状(アジテーション)とは

アルツハイマー病患者の約90%が、病気の進行過程で興奮症状(アジテーション)を経験するとされています。これらの症状は患者本人の苦痛だけでなく、介護者や家族にとっても大きな負担となります。従来の治療薬では十分な効果が得られないケースも多く、新たな治療選択肢が求められてきました。
ナビロンとは(カンナビノイド由来の医薬品)

ナビロン(nabilone)は、THC(Δ⁹-テトラヒドロカンナビノール)の構造類似体として開発された合成カンナビノイドです。「カンナビノイド由来」と表現されることもありますが、大麻草から抽出されるのではなく完全に化学合成される点が特徴で、ドロナビノール(合成THC)や植物由来のナビキシモルス(Sativex)とは区別されます。
薬理学的には主にCB1受容体(および一部CB2受容体)への作動薬として作用し、経口カプセル製剤で、商品名はCesamet(米国・カナダ)やCanemes(欧州の一部)として知られています。最もよく知られる適応は化学療法に伴う悪心・嘔吐(CINV)で、従来の制吐薬で効果が不十分な場合の選択肢として承認されています。国・地域によっては食欲不振や神経障害性疼痛、線維筋痛症などへのオフラベル使用・研究報告もあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 種類 | 合成カンナビノイド(THCの構造類似体、化学合成) |
| 作用 | 主にCB1受容体(一部CB2受容体)への作動薬 |
| 剤形 | 経口カプセル |
| 商品名 | Cesamet(米国・カナダ)、Canemes(欧州の一部) |
| 主な適応 | 化学療法に伴う悪心・嘔吐(CINV) |
| 日本での扱い | 未承認 |
どの患者に効果的か:反応を予測する5つの特徴

この研究は、過去に実施されたランダム化比較試験のデータを詳細に解析した事後分析(post hoc analysis)です。研究チームは、39名の中等度から重度のアルツハイマー病患者(平均年齢87歳、男性77%)を対象に、どのような患者がナビロンに良好な反応を示すかを調査しました。
19の臨床特徴を分析した結果、ナビロンの効果を予測する5つの要因が特定されました。いずれも、その特徴を持つ患者で興奮症状の改善度が高くなる傾向を示しています。
| 予測因子(患者の特徴) | 興奮症状の改善差 |
|---|---|
| より強い痛みがある(疼痛評価スコア3以上) | +18.8ポイント |
| 食欲不振や摂食障害がある | +16.4ポイント |
| アパシー(無関心・無気力)が強い | +14.0ポイント |
| 認知機能がそれほど低下していない(標準化MMSEで10点以上) | +16.5ポイント |
| コリンエステラーゼ阻害薬を併用していない | +13.9ポイント |
これらの結果は、ナビロンの効果が患者の特定の状態や併用薬によって大きく左右されることを表しています。
予測モデルの精度:上位群の82%が改善

研究チームが開発した予測モデルの精度は高いものでした。5つの特徴に基づいて反応予測の上位3分の1に分類された患者では、82%がナビロンに良好な反応を示しました。一方、下位3分の1に分類された患者では反応率は40%にとどまりました。この差は統計学的にも有意でした。
| 予測分類 | 良好な反応を示した割合 |
|---|---|
| 上位3分の1 | 82% |
| 下位3分の1 | 40% |
従来のアルツハイマー病治療では、薬剤の効果を事前に予測することが難しく、試行錯誤的なアプローチが取られてきました。この研究により、患者の臨床的特徴から治療反応を予測できる可能性が示されました。
効果のメカニズム(考察)

これらの特徴を持つ患者でナビロンがより効果的だった理由として、痛み・食欲不振・アパシーといった症状が、脳内のエンドカンナビノイドシステムの機能不全と関連している可能性が考えられます。ナビロンが脳内のカンナビノイド受容体に作用することで、これらの症状を同時に改善し、結果として興奮症状の軽減につながると考えられます。
認知機能がある程度保たれている患者でより効果が見られたことは、ナビロンの作用が単純な鎮静効果ではなく、より複雑な神経調節作用を介している可能性を表しています。コリンエステラーゼ阻害薬との併用では効果が減弱する可能性が示されており、相互作用については今後の研究が必要です。
臨床応用への意義と課題

この研究結果は、個別化医療の実現に向けた一歩です。医師が患者の臨床的特徴を評価することで、ナビロンによる治療が有効である可能性を事前に判断できるようになるかもしれません。より効率的で効果的な治療選択が可能となれば、患者と家族の負担軽減につながることが期待されます。
まとめ
今回の研究は、医療大麻の臨床応用において「効く・効かない」という二元論を超え、「どの患者により効果的か」という精密医療の視点を示したものです。痛み・食欲不振・アパシー・認知機能が比較的保たれている・コリンエステラーゼ阻害薬非併用という5つの特徴を持つ患者で、ナビロンの興奮症状への効果が高くなる可能性が報告されました。ただし、これは事後分析であり、実用化には前向きの大規模研究による検証が前提になります。
よくある質問(FAQ)

アルツハイマー病の「興奮症状(アジテーション)」とは?
アルツハイマー病患者の約90%が、病気の進行過程で経験するとされる症状です。患者本人の苦痛だけでなく、介護者や家族にとっても大きな負担となります。従来の治療薬では十分な効果が得られないケースも多く、新たな治療選択肢が求められてきました。
ナビロンとは何ですか?
ナビロンは、THCの構造類似体として開発された合成カンナビノイドです。大麻草から抽出されるのではなく完全に化学合成され、主にCB1受容体への作動薬として作用します。経口カプセルで、商品名はCesamet・Canemesなど。最もよく知られる適応は化学療法に伴う悪心・嘔吐(CINV)です。日本では承認されていません。
どんな患者にナビロンが効きやすいのですか?
今回の研究では、次の5つの特徴を持つ患者で、興奮症状の改善度が高くなる傾向が示されました。より強い痛みがある(疼痛スコア3以上)、食欲不振や摂食障害がある、アパシーが強い、認知機能がそれほど低下していない(標準化MMSEで10点以上)、コリンエステラーゼ阻害薬を併用していない、の5点です。
予測モデルの精度はどのくらいですか?
5つの特徴に基づく反応予測で上位3分の1に分類された患者では82%が良好な反応を示し、下位3分の1では40%にとどまりました。この差は統計学的にも有意でした。ただし、39名を対象とした事後分析であり、実用化には前向きの大規模研究での検証が必要です。
なぜ患者によって効果に差が出るのですか?
痛み・食欲不振・アパシーといった症状は、脳内のエンドカンナビノイドシステムの機能不全と関連している可能性があります。ナビロンがカンナビノイド受容体に作用してこれらを同時に改善し、結果として興奮症状の軽減につながると考えられます。認知機能が保たれた患者でより効果が見られた点から、単純な鎮静ではなく、より複雑な神経調節作用が関わっている可能性があります。
日本でナビロンは使えますか?
本記事で紹介しているのは海外の研究です。ナビロンは日本では承認されておらず、アルツハイマー病の興奮症状の治療として使用することはできません。関連する制度・規制は今後変わる可能性があるため、最新の情報を確認してください。
参考文献
- Feldman OJ, Herrmann N, Ruthirakuhan M, et al. Assessment of clinical factors that predict response to nabilone for agitation in Alzheimer’s disease: A post hoc analysis of a randomized placebo-controlled trial. International Psychogeriatrics. 2026. DOI: 10.1016/j.inpsyc.2026.100183.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41530008/
この記事の監修者

正高佑志 医師
アストラサナ・ジャパン KOL(Key Opinion Leader)
1985年生まれ。医師。熊本大学医学部医学科卒。一般社団法人GREEN ZONE JAPAN代表理事&臨床カンナビノイド学会副理事長として、大麻草の安全性や有用性に関する啓発活動に従事。著書『お医者さんがする大麻とCBDの話』など。
専門分野:カンナビノイド医療、精神医学、依存症治療


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